東京地方裁判所 昭和44年(ワ)8157号 判決 1970年1月29日
東京都中央区八重洲六丁目七番地
原告
中島徹
東京都千代田区外神田五丁目二番三号
被告
アイワ株式会社
右代表者代表取締役
三辺祐介
右訴訟代理人弁護士
旦良弘
ほか三名
右当事者間の新株発行無効確認請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、原告は、「被告会社が昭和四四年二月二日ソニー株式会社に対して発行した一、二〇〇万株の新株発行はこれを無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。
(一) 原告は昭和四四年二月四日訴外松本徳久から被告会社の旧株式五〇〇株を譲り受けた株主である。
(二) 被告会社は、昭和四四年二月二日、発行価額一株につき七〇円で訴外ソニー株式会社に対し新株一、二〇〇万株を発行した。
(三) しかし、右新株発行は次のとおり無効である。
1 右ソニー株式会社は被告会社の株主以外の者である。
2 右新株の発行価額が決定された昭和四四年一月一〇日の前日における被告会社株式の時価は一株につき一四五円であったから、右七〇円の発行価額は時価の半分以下であり、商法二八〇条の二第二項にいわゆる「特に有利なる発行価額」に該当する。
3 したがって、右新株発行については株主総会の特別決議を経なければならず、かつ右株主総会においては株主以外の者に対して特に有利な発行価額をもって新株を発行することを必要とする理由を開示しなければならないのにかかわらず、これをしていない。
4 なお、右新株発行の効力の有無を決するについては、被告会社とソニー株式会社との間でソニー株式会社は右新株を他へ譲渡しない旨の契約がなされているので、第三者の保護等の外部取引の安全を顧慮する必要がない。
(2) よって、請求の趣旨記載の判決を求める。
二、被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、請求原因に対する答弁として、「請求原因(三)、2および4の事実は否認する。その余の請求原因事実は認める。」と述べ、主張として次のとおり述べた。
(一) 原告は、本件新株発行後被告会社の株式を譲り受けて株主となった者であるから、本訴を提起するにつき当事者適格を有しない。
(二) 仮に右主張が認められないとしても、原告以外の被告会社の全株主は本件新株発行につき何らの異議を述べていないし、また本件新株発行は、それによって被告会社の資産・信用状態を安定させ株主のためにきわめて有利な結果をもたらしており、これが無効ということになれば被告会社の存立上危機を招き株主全員に重大な損害を被らせることになるから、右新株発行後はじめて株主の地位を取得したにすぎない原告が本件のような無効の訴えを提起することは、権利の濫用である。
(三) 本件新株の一株につき七〇円という発行価額は、その決定時を基準とした過去一年間の被告会社の株式の平均株価八〇円五八銭に比し約一三パーセント下まわるだけであり、また、当時の被告会社の資産状態(被告会社は昭和四三年五月期の決算日から現在まで株主に対し無配当を続けている。)からみて妥当であるから、原告主張のような特に有利な発行価額には該当しない。
三、証拠として、原告は、甲第一ないし第一七号証(第一、第七、第一五、第一六号証は各一・二)を提出した。
被告訴訟代理人は、甲号各証の成立(第二、第四、第五号証は各原本の存在も)を認める、と述べた。
理由
一、被告は、原告に当事者適格がなく、また本訴の提起は権利の濫用であると主張するので、まずこの点について判断する。
(一) 当事者適格の主張について
原告が本件新株発行後である昭和四四年二月四日訴外松本徳久から被告会社の旧株式五〇〇株を譲り受けた株主であることは、当事者間に争いがないが、商法二八〇条の一五第二項の株主とは訴提起当時における新旧の株主を指すものと解すべきであり、原告のように新株発行後旧株式を取得して株主となった者を特に同条項所定の株主から排除しなければならない根拠はないから、原告は、本訴を提起するにつき当事者適格を有するものというべきである。よって、被告の右主張は理由がない。
(二) 権利濫用の主張について
仮に被告が主張するような事実があるとしても、それだけで直ちに原告の本訴提起をもって権利の濫用と目することは困難である。よって、被告の右主張も理由がない。
二、そこで、原告の請求原因について判断する。
原告の主張するところは、要するに、株主以外の者に有利な発行価額で新株を発行する場合において、株主総会の特別決議および右株主総会における商法二八〇条の二第二項所定の理由開示を経ないときは、その新株発行は、同条項に違反し、無効であるというにある。
しかしながら、右の場合、株主総会の決議および理由開示の欠缺は、新株発行前にあっては商法二八〇条の一〇の規定による発行の差止、新株発行後にあっては同法二六六条一項五号または同法二八〇条の一一の規定による取締役または新株を引き受けた者の責任の問題が生じることがあるのは格別、これをもって新株発行無効の事由とすべきものではないと解するのを相当とするから、原告の主張はそれ自体理由がないというべきである。なお、原告は、被告会社と訴外ソニー株式会社との間でソニー株式会社は本件新株を他へ譲渡しない旨の契約がなされているので、本件新株発行の効力の有無を決するについては第三者の保護等の外部取引の安全を顧慮する必要がないと主張するが、仮に右のような契約がなされているとしても、本件新株発行を無効とすることにより取引の安全が害されることがないとはとうていいえない(例えば、増加した資本額を考慮において被告会社と取引をする第三者の利益が害されないとはいえない。)から、右契約の存否は何ら前記判断に消長をおよぼすものではない。
三、よって、その余の点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 安岡満彦 裁判官 大西勝也 裁判官 根本真)